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札幌高等裁判所 昭和47年(行ス)2号 決定 1972年8月05日

第一号事件抗告人(申立人) 前川純

第二号事件相手方(申立人) 加登譲

第一号事件相手方・第二号事件抗告人(被申立人) 札幌医科大学学長

主文

原決定中第二号事件相手方加登譲に関する部分(原決定主文第一項中昭和四五年とあるは昭和四七年の誤記と認める。)を取り消す。

第二号事件相手方加登譲の申立を却下する。

第一号事件抗告人前川純の本件抗告を棄却する。

第一号事件抗告人前川純に関する抗告費用は同人の、第二号事件相手方加登譲に関する申立費用は原審および当審とも同人の各負担とする。

理由

第一  第一号事件抗告人は、「原決定中第一号事件抗告人に関する部分を取り消す。第一号事件相手方兼第二号事件抗告人(以下第二号事件抗告人という。)が昭和四七年一月八日第一号事件抗告人に対してした退学処分の効力は、札幌地方裁判所昭和四七年(行ウ)第四号退学処分の取消請求事件の判決が確定するまでこれを停止する。申立費用は第二号事件抗告人の負担とする。」との裁判を求め、その理由として別紙「第一号事件抗告人抗告理由」のとおり主張した。

第二号事件抗告人は、主文第一、二項および第四項後段同旨の裁判を求め、その理由として別紙「第二号事件抗告人抗告理由」のとおり主張した。

第二当裁判所の判断

第一号事件抗告人、第二号事件相手方が、北海道立札幌医科大学の学生であり、いずれも昭和四四年四月専門課程第二学年に進級し在籍していたこと、右両名は昭和四五年一月一六日第二号事件抗告人(当時学長事務取扱)から無期停学処分をうけたが昭和四六年四月一日右処分の解除がなされたことおよび右両名は昭和四七年一月八日付をもつて第二号事件抗告人から札幌医科大学々則第三一条第二項に該当するとの理由により退学処分をうけたことは一件記録により明らかである。

しかして、疎乙第一号証の一、二によれば札幌医科大学には学則並びに専門課程の学生の試験及び進級等について「専門課程試験及び進級取扱に関する規程」が定められており、同規程第三条、第六条、第七条にはその学年を通じて当該授業科目の講義及び実習のそれぞれの時間数の三分の二以上出席しなければ定期試験を受験することができず、その者は次の学年に進級することがないとされ、同一学年に二年在学し、なお進級できない者は学則第三一条第二項第二号の規定により退学させることができる旨ならびに学則第三一条には、学生の本分に反する行為のあつた者に対しては、戒告、謹慎、停学及び退学の懲戒処分をすることができ、右退学処分は次の各号の一に該当する者に対してのみ行なうとして同条第二項第二号に「正当の理由がなくて出席が常でない者」と定められている。

ところで疎乙第二号証によると、昭和四四年度および昭和四六年度における第一号事件抗告人、第二号事件相手方らの各科目についての欠席時間数は原決定添付別表記載のとおりであり、右事実に、疎甲第一号証の一、二、疎乙第四号証の一、二、同第五号証、同第六号証の一、二の記載を総合すると、右両名は昭和四四年度の授業については前記無期停学処分がなされる前である春学期終了時の昭和四四年七月一〇日現在すでに出席時間数不足の科目(原決定添付別表昭和四四年度欄の○印の科目)があつたので、第二学年の定期試験を受験する資格を得られない状態にあつたものであり、昭和四六年度の授業も出席時間数不足の科目(原決定添付別表昭和四六年度欄の○印の科目)があつたため受験資格を得られず、結局右両名とも昭和四四年度および昭和四六年度に同一学年に在学し、なお進級できなかつたものとされたことが認められる。

疎甲第六号証の一、二には、第一号事件抗告人の両親が昭和四五年七月二〇日第二号事件抗告人に面接し、「第一号事件抗告人、第二号事件相手方らの停学処分の解除がもし夏休みが終つてからでは出席時間の不足から留年となるので困る。」と停学処分の早期解除を訴えたのに対し、第二号事件抗告人は、「昭和四五年度の定期試験を受けることができなくてもあと二年ある。」と言い、恰も昭和四四年度については停学処分前の欠席時間数のいかんにかかわらずいわゆる留年として取り扱わない態度を表明した旨の記載があるが、疎甲第六号証の二は伝聞を記載したものであるし、同号証の一の記載内容も疎乙第五号証、同第八号証にてらすと、右面接時における応答の真相を伝えるものとは認められず、他に、第一号事件抗告人、第二号事件相手方が昭和四四年度において留年したものとされるにつきこれを不当とするような証拠はない。

そこで、前記のように、第一号事件抗告人、第二号事件相手方が停学処分を解除されたのは昭和四六年四月一日であるところ、疎乙第二号証、同第九号証の二、三、同第一〇号証によれば、所定科目の昭和四六年度授業が開始された同年二月中旬から同年一一月四日までの実施講義時間数と停学処分解除後同年一一月四日までの実施講義時間数との関係は別表A、C欄のとおりであり、従つて第一号事件抗告人、第二号事件相手方としては、停学処分解除後に実施された講義に欠席を重ねなければなお受験資格を得られる講義時間数(別表B欄の時間数)が残されていたのである(病理学実習、薬理学実習、衛生学実習および法医学実習はすべて右停学処分解除後に実施されたものである。)。そして、疎乙第五号証、同第七号証の一、二、同第八号証によれば、右両名は停学処分の解除を受けるにあたり第二号事件抗告人から「すでに約一か月の授業がすんでいるがそれによつて受験資格が喪失することのないよう、余裕のある時期に解除したのであり、できるだけ休まぬよう努力して進級してほしい」と告げられ、第二号事件抗告人宛に「学則その他大学の定める諸規則を遵守することを誓約し、これに反する行為があつたときは学則に定める懲戒処分を受けても異議がない」旨記載した誓約書を提出していることが認められる。ところが、疎乙第二号証、同第九号証の三によると、前記停学処分解除後昭和四六年一一月四日までの右両名の各科目欠席時間数は別表D、E欄のとおりであつて、その結果右欠席時間数に停学処分中既に実施されていた同年度の各講義時間数(別表A欄時間数からC欄時間数を控除した時間数)を加算すると、第一号事件抗告人は九科目(別表D欄の△印の科目)、第二号事件相手方は五科目(別表E欄の△印の科目)が昭和四六年一一月四日現在における同年度の各科目実施講義時間数(別表A欄時間数)の三分の一を超えることとなる(なお第一号事件抗告人については病理学実習と衛生学実習とについては右停学処分解除後における同人の欠席時間数のみをみても右処分解除後の実施講義時間数の三分の一をこえている。)。

右に疎明されたところからすると、第一号事件抗告人、第二号事件相手方とも昭和四四年度から昭和四六年度に亘り同一学年に在学(ただし昭和四五年度は前記停学処分中のために在学)し、そして昭和四四年度における右停学処分前および昭和四六年度における右停学処分解除後の欠席時間数が前記のとおりであるとすると、右両名の前記のような受講態度に対しては、学則第三一条第二項第二号にいう「正当の理由がなくて出席が常ではない」との評価ができないことではない。ところで、およそ医学教育が他の教育とは異り、現実に所定科目の講義および実習を履修しなければ習得することができない特殊性をもち、従つてそれら授業への出席時間数が不足することは医学習得上において致命的ともいうべき欠陥となるであろうことは見易い道理である。このような見地からすれば、前記のような右両名の出席状況に対し右学則の条項にあたるとして右両名を本件退学処分としたことは、教育責任者として懲戒権を与えられた学長の教育専門家としての裁量の範囲に属するものというべきであり、すくなくとも懲戒権の裁量を誤り著しく妥当を欠くとは解し難い。

第一号事件抗告人が主張する抗告理由二、三は要するに退学処分の違法をいうに尽きるが、これについてはさきに縷々説示のとおりであつて採用し難く、又その理由一は前記退学処分が裁量権の濫用であるとするが、その趣旨は第二号事件抗告人がさきに昭和四四年度は第一号事件抗告人、第二号事件相手方をいわゆる留年として取り扱わない旨述べたとのことを前提とするものであつて、右前提が採用し難いことさきに述べたとおりであり、他に裁量権の濫用と認むべき資料はない。

以上のとおり第一号事件抗告人、第二号事件相手方に対する本件各退学処分には違法のかどはなく、従つてこれが執行停止を求める右両名の申立は、行政事件訴訟法第二五条第三項にいう「本案について理由がないとみえるとき」にあたるから、許されないものであり、原決定中第一号事件抗告人につきこれが申立を却下した部分は結局正当であるが、第二号事件相手方につきこれを許容した部分は失当であるから取り消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 朝田孝 秋吉稔弘 町田顕)

別表

科目

時間数

病理学I

〃II

〃実習

微生物学

〃実習

薬理学

〃実習

衛生学

〃実習

法医学

〃実習

公衆衛生学

46.2.14から46.11.4までの実施講義時間数

126

118

76

122

39

116

48

42

27

68

24

64

同上の2/3にあたる講義時間数

84

78.6

48

81.2

26

77.2

32

28

18

45.2

16

42.6

停学処分解除後46.11.4までの実施講義時間数

108

94

72

96

30

82

48

28

27

50

24

56

同上期間における前川純(第1事件抗告人)の欠席時間数

△26

12

△36

△30

△6

△16

3

△8

△21

△10

3

△18

同上期間における加登譲(第2号事件相手方)の欠席時間数

24

12

21

△22

△6

△12

0

△4

3

△8

3

10

(別紙)

第一号事件抗告人抗告理由

一 被抗告人渡辺佐武郎、学務部長八十島信之助が昭和四五年七月二〇日ころ抗告人の父母と面談した際「無期停学処分中の留年は学則三一条二項二号、規程七条の適用にあたつては留年扱いにはしないから、抗告人にはあと二年間残されている」旨云い渡しておきながら、その後退学処分をおこなつたことは被抗告人の自ら画した裁量権の範囲を超え、その言明を信じて行動した抗告人に対する裁量権の濫用にあたり、違法無効なことは明瞭である。

右言明の事実は当審で追加した疎明資料(疎甲第七号証の一、二、三、四)により更に明白である。

そもそも右裁量権は教育的見地から与えられるのであつて管理者的地位に賦与されているものでないから、疎明により心証充分な言明の事実を争うのは被抗告人としてまことに適切でないと信ずる。

二 退学処分は被抗告人に与えられた抗告人に対する最終的処分であつて、教育処分の窮極であつて教育処分にあらざるもの、ここで管理処分に転ずるものである。従つて退学処分は他の教育処分と異り、自由裁量であつても抗告人の教育をうける権利を奪うに足るべき重大な事由をその理由とすべきである。

また規程七条によれば「同一学年に二年在学しなお進級できない者は………退学させることができる」とあつて、当然の退学処分となつているのではない。規程の趣旨は同一学年に二年在学したことをもつて本規程の適用は全く教育的見地からなさるべきものでもある。

被抗告人が抗告人に対してした退学処分には右のような重大な事由なくかつ教育的見地からなされた形跡もないから、「本案につき理由がないとみえるとき」には到底あたらないものである。

三 抗告人の昭和四七年度の受験資格喪失は決して自己の責に帰すべき欠席の時間数のみを根拠とするのではない。

昭和四六年度講義は昭和四六年二月中旬から始つたのであるが、抗告人は同年三月下旬まで停学処分に処せられていたところ、同人が同年九月初旬人によつて学務課教務係に同年七月一〇日までの欠席時間数の調査回答を求めたのに対し同係員は欠席時間に停学処分により受講不能となつて必然に欠席せざるを得なかつた時間数を全部算入させていたのであり、これを除外すれば一課目といえども欠席超過課目はなかつた。抗告人は右事情を知らなかつたし、根本的に停学処分による留年が規程七条において勘案される留年とされないことを信じていたので、同年九月初旬以降の受講を放棄し、結果として外見上自己の責に帰すべき欠席の時間数のみを根拠とする課目があるように表われているのである。(疎甲第八号証の一、二、三)而れば抗告人の欠席超過は、停学処分の影響があるかどうかを問い返すことに思い至らなかつた若干の過失ありとは云え、決して抗告人の損害は受忍すべき限度とは云えない。

(別紙)

第二号事件抗告人抗告理由

第一点 原決定は行政事件訴訟第二五条第三項に違反し、「本案について理由がないとみえる」にも拘らず、退学処分の効力の執行を停止した違法がある。

一 原決定は、相手方の昭和四四年度、昭和四六年度における欠席時間数について、それぞれの受験に必要な出席時間数の不足があることを認め(尤も当事者間にも争いがない)、抗告人の主張は一応もつともであるとしながら

(一) 相手方は、抗告人が「無期停学処分中の留年は学則第三一条第二項第二号、規定第七条の適用にあたつては留年扱いにはしないから、相手方にはあと二年間残されている。」旨言い渡しておきながら、その後退学処分を行なつたことは不当であると主張しており、若しかりにそのような事情があつた場合に、(原決定に被申請人主張の右事情とあるのは申立人主張の右事情の誤記であると思科する)、退学処分が直ちに有効であるかどうか疑問があるので、未だ本案について証拠調も施行されていない現段階においては、本案について理由がないとすることはできない。

(二) なおまた相手方の昭和四四年度の授業科目(薬理学)の出席時間数の不足は明らかであるが、昭和四六年度の授業時間数のの不足は停学処分解除前の授業時間数が加算されているから、直ちに学則第三一条第二項第二号の「正当の理由がなくて出席が常でない者」に該当するとするには疑問がある。

として、結局本案について理由がないとみえるとすることはできないと判示した。

二 しかしながら右原決定の判示は誤りである。

三 前記一の(一)について

(一) 抗告人は相手方主張の如き発言を絶対にしていない。

そもそも懲役処分はあくまで事実に基き、学則に従つて行なわれるもので、将来処分を行わない旨を確約することのできない性質のものであるから、昭和四六年度において出席が不良であつても処分は行はない旨発言する筈がない。

(二) 相手方は右に関し報告書を疎明書類として提出しているが、右報告書は主観的なもので疎明として十分でないばかりか、疎乙第六号証の二(決定)によつて明らかなように、それ以前すなわち昭和四五年五月二日、札幌高等裁判所の決定により、相手方は既に無期停学処分と関係なく、昭和四四年度の出席時間数の不足により、進級試験を受けられない状態であつたことが認定されていたのであるから、その後の時点で相手方主張の如き発言がなされる状況ではなかつたのである。

(三) 従つて疎乙第五号証(学長所信)によれば、右の点に関し、(疎乙第五号証一枚の六行以下)、まず(一)については、『昨年四月の停学の解除に当つて、それぞれの学生と父兄を呼んで学務部長立会の下で、私がいつたことの大要は「既に二月から一ケ月余の授業が済んでいて、君には若干不利ではあるが、受験資格が、それによつて喪失することのないよう、また余裕のある時期に解除したのであるから、できるだけ休まないよう努力して出席して進級してほしい。」ということで、これら専門二年目を二年やることができると約束したことは絶対にない。もし学生諸君が主張するように私がいつたというなら誰から聞いたかを明らかにして欲しい。私はこのような事実無根のことをいいふらされることは極めて遺憾に思つている。』

とあり、相手方主張の如き発言のないばかりか、積極的に出席するよう要請していることが明白に認められるのである。

それにも拘らず本案における証拠調をまたなければとする原決定の判断は妥当でない。

四 前記一の(二)について

(一) そもそも本件処分は相手方が学則第三一条第二項第二号の「正当の理由がなくて出席が常でない者」に該当すると判断したので退学処分としたものである。

抗告人は前述したとおり相手方に対する無期停学処分を解除するに当り、(無期停学処分の解除は昭和四六年三月三一日)学長として、相手方に対し、「二月から約一ケ月の授業が済んでいるので、君には若干不利ではあるが、受験資格がそれによつて喪失することのないよう未だ余裕のある時期に解除したのであるからできるだけ休まないよう努力して進級して欲しい。」と訓戒し、相手方もこの訓戒を了承し、(疎乙第八号証、学長作成の最近の学内問題についてと題する書面第一項。)更に相手方は進んで疎乙第七号証の二の誓約書を提出したのである。

すなわち、相手方は停学処分解除後の授業について学長訓戒を守り、誓約の趣旨に従つて、出席すれば十分に進級試験を受けうる状態にあつたのである。

にも拘らず、相手方は昭和四六年四月一日以降に実施された授業についても別表のとおり正当の理由なく欠席し、(本学においては病気、家庭事情その他の理由によつて欠席した場合に、欠席届を提出すれば、正当の理由による欠席として取扱つて来ているが、相手方は欠席届すら提出したことがない。)出席常でなく、成業の見込がない状況となつたのである。

(二) かように他の学生に比較して、より授業に出席するよう努力を要請されている相手方が、正当の理由なく欠席を続けることは、正に学則第三一条第二項第二号に該当し、しかも昭和四四年度の欠席状況と併せ考えると当然二ケ年の留年となるので相手方を退学処分とすることを相当と判断したものである。

(三) 原決定は相手方の昭和四六年四月一日以降(無期停学処分解除後)の欠席はその授業時間数の三分の一以下である旨判示しているが、このような状態であれば出席が常でないとはいえないとするのであろうか。一般的に欠席が三分の一以上であれば、規程第三条第一項により定期試験の受験資格を失い当然に留年となることの基準であり、相手方のような場合は欠席が三分の一以下であつても、出席が常でないものであつて、もはや教育的効果を期待できない欠席者として、退学処分の対象となるのである。

(四) しかも相手方は、原決定別表記載のとおり、結局昭和四六年度において微生物学、薬理学、法医学の三授業科目において、出席時間が総講義予定時間数の三分の二に満たないこととなつたのである。

五 以上の次第であつて、抗告人は教育責任者として懲戒権を与えられた学長の、教育専門家としての裁量の範囲において相手方を退学処分としたものである。

従つて、本件退学処分は何ら違法のかどはなく行政事件訴訟法第二五条第三項にいう「本案について理由がないとみえるとき」にあたるから、これが執行停止を求める相手方の申立は許されないものであり、これを認容した原決定は失当である。

第二点 原決定は「処分により生ずる回復困難な損害を避ける緊急の必要がない」のに執行停止を認めた違法がある。

一 原決定は判断の第三項において「卒業の遅れ、および受講、施設利用の不可能が直ちに回復の困難な損害に当るか否かは更に検討が必要である。すなわち、そのような損害を招来したのが、専ら申立人らの責に帰すべき事由によるのであれば、やはり公平の観点から当該処分の執行停止を認めることは相当とはいえない。」としながらも、相手方について、以前無期停学処分を受けたことが全面的に相手方の責に基くとはいえないとし、かつ無期停学処分によつて、一部受講できなかつた不利益を相手方に負わせるのは相当でないと判示している。

二 然しながら、先ず相手方に対する無期停学処分が相手方の責に基くものとはいえないとする原決定の判断は到底理解できない。

疎乙第七号証の一、二(決定)によつて明らかのように、相手方は他人に対し再三の暴行行為等を行なつた結果無期停学の処分を学けたのであり、これが相手方の責によるものではないとは到底いえない。

三 次に出席時間の不足について、一部停学処分中のものがあるとの点であるが、前述のとおり抗告人は、相手方に対し、かかる不利益があるから停学解除後の出席を強く要請したのである。

にも拘らず、解除後の出席も常でなく、かつ進級試験の受験資格も失つたので学則に従つて退学処分としたのである。

原決定はあたかも昭和四六年度の出席時間数が停学期間中も入れて、総授業時間数の三分の二に満たなくなつたことをもつて退学の理由としたかの如く判断しているが、右出席時間数不足は進級試験の受験資格の喪失の問題であつて必ずしも直ちに退学処分と結びつくものではない。従つて、本件について抗告人が若し退学処分としなかつたとしても進級試験の受験資格がなく、留年となることは、相手方も争いがないのであるが、相手方の場合昭和四四年度の授業について出席時間が不足でありながら、昭和四六年度の停学処分解除後の出席も常でなく、結局昭和四六年度も留年となることが確定したので、学則に従つて退学処分としたもので、決して、停学処分中の不利益を再び退学処分の理由としたものではない。

四 そもそも退学処分とは、今後抗告人が所管する大学の受講及び施設利用をさせない処分であり、それに伴う不利益はもとより当然随伴するのであつて、それが直ちに回復不能の損害といえないことは原決定も判示しているとおりである。

これが将来復学の可能性のある停学処分であれば、その時期を早めるという意味において、執行停止をする場合もありえるであろうが、退学処分の場合は余程明白な誤りがない限り回復不能の損害があるということで執行停止すべき性質のものではないのである。

特に原決定のように、本案判決の確定に至るまで執行停止をするとなれば、右判決の確定までの間に或は卒業するかも知れず、本訴は訴の利益を失うかも知れないのである。

そうなれば、抗告人ら大学の学長が教育専門家として行なう一切の教育的処分は無意味となり、大学教育は益々混乱することになる。

五 原決定は、相手方にとつて在学関係の回復が実質的に意味を持たなくなるに至る場合もあることの判断資料として専門課程における在学期間を原則として最長期八年と定めていることをあげているが、これは全く誤つた学則の解釈である。

退学処分となつた者については、そもそも在学関係があり得ないことは多言を要しないところで、何年後に退学処分が取り消されたとしても在学期間の最長期とは関係なしに受講や施設利用の回復が可能であるからである。

六 以上の次第で、本件については回復困難な損害を避けるための緊急性はない。

第三点 原決定は「公共の福祉に重大な影響を及すおそれがある」にも拘らず執行停止を認めた違法がある。

一 抗告人は札幌医科大学の大学教育並びに施設管理運営について、責任を負うものであつて、事実に基き学則に従つて行なつた本件処分の効力を停止されるならば、学生はいかなる違反を犯しても実質的に処分の効果を免れうるという保障を得たことになり、ひいては教育の正常な実施という公益、すなわち公共の福祉に重大な影響をおよぼすことになる。

以上

別表

昭和四六年度における相手方加登に対する停学処分解除後の欠席時間。

科目

項目

病理学I

〃II

〃実習

微生物学

〃実習

薬理学

〃実習

衛生学

〃実習

法医学

〃実習

公衆衛生学

46.4.12~46.11.9までの欠席時間数

26

12

24

22

6

12

0

4

3

8

3

10

46.4.12~46.11.9までの総講義予定時間数

112

118

78

92

60

92

57

38

27

54

30

74

原審決定の主文および理由

主文

一、被申立人が昭和四五年一月八日申立人加登譲に対してなした退学処分の効力を当裁判所昭和四七年(行ウ)第四号退学処分取消請求事件の判決が決定するまで停止する。

二、申立人前川純の申立を却下する。

三、申立費用は、申立人前川と被申立人の間においては申立人前川の負担とする。

理由

第一、申立ての趣旨および理由

申立人ら代理人は、「被申立人らが昭和四七年一月八日申立人らに対してなした退学処分の効力をいずれも本案判決が確定するまで停止する。申立費用は被申立人の負担とする。」との決定を求め、その理由として次のように主張した。

(申立ての理由)

一、申立人らは、北海道立札幌医科大学専門課程二学年に在籍していたところ、被申立人は昭和四七年一月八日申立人らに対して札幌医科大学則(以下学則という。)三一条二項二号、札幌医科大学専門課程試験および進級取り扱いに関する規程(以下規程という。)七条に該当するとの理由により退学処分をした。

二、右退学処分の根拠となつた学則、規程は次のとおりである。

1、学則三一条二項「懲戒処分は、戒告、謹慎、停学及び退学とする。ただし、退学は、次の各号の一に該当する者に対してのみ行なうものとする。(1)省略。(2)正当の理由がなくて出席が常でない者(3)省略。(4)学力劣等で成業の見込みがないと認められる者」

2、規程三条一項「定期試験は、学年を通じて当該授業課目の講義(外来臨床講義を含む。)及び実習のそれぞれの時間数(学年にまたがる科目については、定期試験までの時間数)の三分の二以上出席しなければ受験できない。」

3、規定六条「次の各号の一に該当する者は、進級(卒業を含む。以下同じ。)させないものとする。(1)省略。(2)正当の理由なく試験を受けなかつた者(3)省略。(4)出席時間数が当該学年における総授業時間数の三分の二に満たない者」

4、規程七条「同一学年に二年在学し、なお進級できない者は、学則第三一条第二項第二号及び第四号の規定により退学させることができる。」

三、被申立人が申立人らに対してなした前記退学処分は左の理由による違法があるから取消さるべきである。

1、申立人らは、被申立人から昭和四五年一月一六日に無期停学処分をうけ、昭和四六年四月一日付けで右処分の解除をうけた。

2、申立人らは、(イ)右停学処分を受けていたこと、及び(ロ)昭和四四年度の出席時間数が当該学年における総授業時間数の三分の二に満たなかつたことによつて受験資格を喪失したことにより昭和四四年度進級試験(昭和四五年一月末~同年三月末実施)を受験できなかつた。

3、申立人らは、昭和四五年度進級試験についても前記停学処分による出席時間数不足のための受験資格を喪失したので右試験を受験できなかつた。

4、右のとおり昭和四四、四五年度の進級試験を受験できなかつたのは停学処分が原因であるから、学則三一条二項二号、規程七条の適用の関係においては「正当の理由」あるものとして留年扱いされるべきではない。

5、被申立人渡辺左武郎、同大学学務部長八十島信之助は、申立人らの昭和四五年度の出席状況を知りながら、昭和四五年七月二〇日申立人らの父母に対し、(イ)学則三一条、規程七条の解釈について右と同趣旨を言明したが、(ロ)昭和四六年一一月二三日ころ申立人らの父母に対し文部省通達の存在を理由に、停学処分であつても前記学則、規程の関係においても申立人らを留年扱いにする旨告げ、(イ)の言明を変更するにいたつた。

6、申立人らは前項(イ)の言明を信頼して行動していたので、そのころはすでに昭和四六年度の進級試験の受験に必要な出席時間数不足に陥つていた。

7、被申立人が引用した右文部省通達は仮空のものであり、存在したとしても5項(イ)の解釈および処分に関する裁量権の行使に影響を与えるものではない。右の解釈は適正なものというべく、その撤回を許すとすれば虚言を弄して学生たる身分を奪する処分を容認することになり、そのような恣意的な、しかも裁量の範囲を超えた被申立人の裁量権の行使は違法無効である。

四、しかも、申立人らは右処分によつて左のような回復困難な損害をこうむり、これを避けるため処分の効力を停止する緊急の必要性がある。すなわち、申立人らは別に退学処分取消を求める訴を提起したが、昭和四七年度講義は同年四月一日から開始されるところ、本件処分につき執行停止をえなければ昭和四七年度の出席時間数も不足となり、さらに、留年せざるをえなくなることは明らかであり、仮に本案訴訟で勝訴判決を得たとしても、その判決確定までの数年間受講、施設利用もできず卒業時期は遅れる損害を免れることはできないのであるから、以上のような回復困難な損害を避けるため本件退学処分の効力の停止を求める緊急の必要性がある。

第二、被申立人の意見

被申立人は「申立人らの申立てを却下する。申立費用は申立人らの負担とする。」との決定を求め、申立理由に対する認否および反対主張として次のとおり主張した。

(申立理由に対する認否)

一、申立理由一、二項の事実は認める。

二、申立理由三項につき

1、同項1の事実は認める。

2、同項2の事実のうち、(イ)の停学処分により昭和四四年度進級試験を受験できなかつたとの点は争う。その余は認める。

3、同項3の事実は認め、4の事実は争う。

4、同項5の事実のうち申立人らの主張の日に被申立人らが申立人らの父母と面談したことは認め、その余は争う。被申立人らは、昭和四五年度は停学処分中であるから同年の進級試験を受験できないが、ただちに規程七条により学則三一条二項二号に該当するものとしては取扱わない旨の説明をしたに過ぎない。

5、同項6の事実のうち申立人前川については七授業課目、申立人加登については三授業課目について出席時間数の不足があつたことは認めるが、その余は不知。

6、同項7の事実のうちいわゆる文部省通達が存在しないことは認め、その余は争う。

三、同四項の事実のうち昭和四七年度の講義開始時期、本案の訴が提起されたことは認め、その余は争う。

(被申立人の反対主張)

一、被申立人がおこなう懲戒処分は、学校教育法一一条にもとづき教育施設としての大学の内部的規律を維持し教育目的を達成するために認められる自律的作用の顕現であつて、学長である被申立人の裁量に委ねられている。そして右のような裁量処分については裁量権の範囲をこえ、またはその濫用があつた場合に限り、裁判所はその処分を取り消すことができるのである(行政事件訴訟法三〇条)。

したがつて、当事者間に争いがない昭和四四、四六年度の出席時間数不足の事実にもとづき学則、規程を適用しおこなわれた本件退学処分は、被申立人の裁量権の範囲をこえるものでも、濫用でもないので本件申立ては正に「本案について理由がないとみえるとき」に該当する。

二、本件処分により申立人ら授業を受けられないこと及びその結果卒業資格を喪失することは、右退学処分にその性質上当然随伴するものであつて、これを理由に右処分の効力の執行停止が認められるときには、退学処分の効力は常に停止されることとなり、懲戒としての退学処分の効力は有名無実となることは明白である。したがつて申立人らのいうところは回復困難な損害ということはできない。

また実習、臨床講義等を含む医学教育の特殊性を考えるとき、出席時間数の不足は医学の修得にあたり致命的な障害になることは瞭然たるところ、申立人らは既に昭和四四年から四六年度まで三年間進級していないことおよび停学処分解除後の出席状況からみても今後出席状況が好転することは予測できず処分の効力を停止すべき緊急の必要性は認められない。

三、被申立人は、大学教育並びに施設管理運営について責任を負うものであつて被申立人が学則、規程にしたがつておこなつた本件処分の効力が停止されるならば学生はいかなる規程違反を犯しても実質的に処分の効果を免れうるという保障を得たことになり、ひいては教育の正常な実施という公益すなわち公共の福祉に重大な影響をおよぼすことになる。

第三、疎明<省略>

第四、当裁判所の判断

一、申立理由一、二項の事実は当事者間に争いはない。

二、被申立人は、本件退学処分は学則三一条二項二号、規程七条に該当する事実にもとづいてなされたのであり、右事実すなわち昭和四四、同四六年度における受験に必要な出席時間数不足については当事者間に争いがない以上「本案につき理由がないとみえるとき」に該当すると主張する。そして疎乙第二号証によると、昭和四四、四六年度における申立人らの欠席時間数は別表のとおりであることが認められ、被申立人の主張は一応もつとものように思われる。

しかしながら申立人らは、被申立人渡辺左武郎、学務部長八十島信之助が昭和四五年七月二〇日ころ申立人らの父母と面談(当事者間に争いはない。)した際、「無期停学処分中の留年は学則三一条二項二号、規程七条の適用にあたつては留年扱いにはしないから、申立人らにはあと二年間残されている。」旨言い渡しておきながら、その後退学処分をおこなつたことは不当であると主張して争うのであつて、かりに被申立人主張の右のような事情が存在した場合直ちに本件退学処分が有効であるということができるか否かは問題があるのであるから本案につき証拠調も施行されていない現段階においてはいまだ本案について理由がないとみえるとすることはできない。

(なお、申立人前川については別として、申立人加登に対する退学処分の理由のうち昭和四四年度の一授業科目(薬理学)の出席時間数の不足は明らかであるが、同四六年度のそれを検討すると、申立人加登が授業に出席できたにもかかわらず欠席した時間数は別表に示されているように停学処分を解除された昭和四六年四月一日以降の授業時間数の三分の一以下であつて、その総欠席時間数には同人が出席不能であつた停学処分期間中の欠席時間数が加算されており、その割合を考慮すると同人が直ちに学則三一条二項二号にいう「正当の理由がなくて出席が常でない者」に該当するとするには強い疑いがもたれる。)

三、次に申立人らが本件処分により回復困難な損害をこうむるか否かについて判断する。

申立人らは本件退学処分により札幌医科大学における在学関係を断ち切られ、受講や学校の施設の利用ができなくなるわけであるが、既に無期停学処分を受けたことなどから三年間専門課程二学年のままである申立人らはなお専門課程三、四学年を履修、進級しなければ卒業はできないのであるから、予想される本案訴訟の審理期間を考慮にいれると、本案の勝訴判決を得たとしてもその卒業は大巾におくれることとなるのは明らかである。

そして医学教育の特殊性から、受講や施設利用の不可能が相当長期に亘つて続けば、申立人らにとつて在学関係の回復が実質的に意味を持たなくなるに至る場合もあることはたやすく理解できることである。(札幌医科大学でも専門課程における在学期間を原則として最長期八年と定め(学則一五条、疎乙第一号証の一)、前記のとおり規程七条で同一学年に二年在学しなお進級できない者を退学させうると定めている。)

しかしながら、申立人らの卒業の遅れおよび受講、施設利用の不可能が直ちに回復の困難な損害にあたるか否かは更に検討が必要である。すなわち、そのような損害を招来したのが専ら申立人らの責に帰すべき事由によるのであれば(本案についての理由の有無とは別個である。)、やはり公平の観点から当該処分の執行、効力の停止を認めることは相当とはいいえない。従つて回復の困難な損害に該当するか否かは申立人らに右の損害を受忍させることが社会通念上相当と認められるか否かによつて決せられるべきである。そこで次にこの点について判断する。

申立人加登譲については、結局専門課程二学年に三年間とどまつたことになるが、昭和四四年度の出席時間数の不足は一授業課目であり、翌昭和四五年度に進級できなかつたのは、いわゆる学園紛争のため、無期停学処分を受けたことによるものであつて、右無期停学処分に対してはその取消の訴が札幌地方裁判所に提起されたが、右訴訟は同人に対する停学処分が解除される際に取下げられているところ、この取下の一事をもつて無期停学になつたことが全面的に申立人加登の責に基づくとはいえない。

(疎乙第六号証の一、二、疎甲第五号証)

そして同人の昭和四六年度の出席日数の不足の状況は前記のとおりであり無期停学処分の解除以前受講できなかつたという右処分の懲戒的効果による不利益がふたたび退学処分の理由とされるような結果になるのはその妥当性に疑いがあるのであつてこのような本件処分に至る経過を勘案すると申立人加登に対し前述のような損害を負担させることは社会通念上同人に受忍させるべき相当程度をこえており、回復困難な損害に該るものというべきである。そして昭和四七年度の授業は既に開始されているから緊急にその退学処分の効力を停止させる必要性がある。

申立人前川純については、昭和四七年度の受験資格喪失は前記停学処分解除後自己の責に帰すべき欠席の時間数のみを根拠とする課目があり、そして実習課目も受験できなくなる等、同人が主張する被申立人側の落度と併せ考えてもその損害は受忍すべき相当の程度の範囲内にあるので、回復困難な損害に該らない。

四、本件においては、被申立人が主張するような公共の福祉に重大な影響をおよぼすおそれが生じると認めるに足る資料はない。

五、以上のとおり申立人加登譲の本件申立ては理由があるので認容し、申立人前川純の申立は理由がないから却下し、申立費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

別表

44.46年度における欠席時間数調

年度

科目

氏名

病理学I

〃II

〃実習

微生物学

〃実習

薬理学

〃実習

衛生学

〃実習

法医学

〃実習

公衆衛生学

備考

44年度

加登譲

42

18

6

36

9

<46>

0

12

九月一日より実施分

22

九月一日より実施分

14

44.7.10現在

前川純

50

24

9

<42>

21

<52>

0

<20>

<30>

16

総講義予定時間数

176

102

78

108

63

124

60

52

70

86

同上1/3

58.7

34.0

26.0

36.0

21.0

41.3

20.0

17.3

23.3

28.7

46年度

加登譲

(24)

42

(12)

36

(21)

21

(22)

<48>

(6)

15

(12)

<46>

0

(4)

18

(3)

3

(8)

<26>

(3)

3

(10)

18

46.11.4現在

前川純

(26)

44

(12)

36

(36)

<36>

(30)

<56>

(6)

15

(16)

50

(3)

3

(8)

<24>

(21)

<21>

(10)

<28>

(3)

3

(18)

26

総講義予定時間数

136

134

78

116

72

124

57

54

27

70

30

74

同上1/3

45.3

44.6

26.0

38.6

24.0

41.3

19.0

18.0

9.0

23.3

10.0

24.6

注 1. 44年度薬理学実習の欠席「0」は出欠調査をしなかったため、欠席状態不明により出席扱いとした。

2. ( )内の数字は処分解除、終了後、各自欠席時間の内数。

3. ○印は全授業予定時間数の1/3を越えた欠席時間数。

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